プロジェクトストーリー
LEDを一般照明に使えないか。
次世代の光デバイスとして注目されているLED。2002年、そのLED開発部門に1つのテーマが与えられた。
「一般照明にLEDは使えないか」
プロジェクトリーダーとなったのは、入社以来LEDの開発に携わってきた深澤孝一。「LEDは高出力化、高効率化が進み、より明るく、長寿命へと進化していたところ。そうした中で一般照明への進出は自然な流れでした。もちろん、携帯電話のチップLEDとはまったく異なる新分野ですから、不安はありましたが、必ずモノにしてみせるという意気込みの方が強かったですね」
照明として使う場合、LEDに求められるのは、まずは明るさ。より明るいLED照明を作るために、シチズン電子では小さなLED素子を並べる方法をとっている。他メーカーではLED素子そのものを大きくする方法が一般的なのに対し、このやり方はシチズン電子独自のものだ。このアイデアは、当時、同時進行で手がけていた携帯電話のフラッシュ用LEDから得たものだと深澤は言う。「フラッシュは瞬間的に大きな光量が必要とされます。それを数多く並べるというシンプルな方法ですが、他社より2~3倍発光効率が良いことがわかったんです。これがきっかけで、一般照明の開発の基本的な構造が定まりました」
「アルミ」で検索
こうして基本的な構造は決まったが、本当に苦労したのは、その後だったと深澤は語る。「最も苦労したのは、長寿命を確保すること。その点は携帯電話用のLEDと大きく違うので、使う材料を1から見直さなければなりませんでした」
携帯電話用LEDに求められる寿命は、1000時間程度。しかし照明は30,000~40,000時間必要だ。製品パッケージの設計を担当したのは、今井貞人。今井は、LED素子を並べるベース部分にアルミを使うアイデアを思いついた。「通常は銀メッキを使うのですが、銀は雨など環境によって変色しやすい。そのため同程度の反射率を持つ代用品として、アルミを思い付いたのです。けれども アルミについてまったく知識がなかったため、インターネットで“アルミ”というキーワードで検索して勉強。さらに片っ端からメーカーに電話をかけましたよ」
アルミを使ったことで、光を反射させながら熱も逃がしやすい構造にすることができた。これは長寿命を実現するための大きなポイント。明るく放熱性がよいことはシチズン電子のLED照明の特徴のひとつだ。
まったく新しい封止樹脂を開発
一方、照明器具として使うためにはLEDの素子をカバーするものが必要。そのための封止樹脂と呼ばれる材料も、新たに探す必要があった。担当したのは、当時新入社員だった小山田和だ。当時、まだ一般照明は発展途上段階で、材料メーカーも手探り状態。そこで、小山田はさまざまな材料を組み合わせて樹脂を作り、トライ&エラーを繰り返した。
「30,000~40,000時間の使用を保証するためには、少なくとも7,000~8,000時間は通常より多い電流を流すテストが必要。照明の場合、使用する環境にも幅広いため設計も数パターンあり、それに合わせて材料も10種類以上のバリエーションを用意しました。想定していた以上の劣化も数多く、その度に改良していくのですが、当時新入社員だったこともあり、製品のことを学びながら、材料選定をしなければならず、かなり苦労したことを覚えています」
出荷直前に不具合が発覚
こうして、数々の試行錯誤を経て、大手照明メーカーによる採用が決まり、製品化にこぎつけたのはおよそ2年後。どんなに優れた製品であっても、お客様から採用されて初めて製品となる。そのため営業担当の商談にはエンジニアたちも同席。製品について説明すると同時に、先方のニーズも探り、それに合う製品を提案していった結果である。ところが、その最初の製品に出荷直前、「断線する」という不具合が発覚する。
「原因は熱がうまく放熱できなかったことで一般照明としては致命的な欠陥。製品化第1号だったので、ショックは大きかった」と、深澤が振り返る。納入先のスケジュールもあるため、出荷を延期することが不可能。ゴールデンウィーク直前だったが、チーム全員で休みも返上し、文字通り不眠不休で不具合をなおした。「プロジェクト最大のピンチでした。でもこれをチーム一丸となって乗り越えた。今から考えると、これで連帯感が生まれチーム力もアップしたのですが、あのときは本当にやるしかない、それだけでした」このとき判明した問題点はその後の製品づくりに反映されている。シチズン電子製品のセールスポイントである、放熱性の良さ、長寿命はこのときの失敗を元に改良を重ねて生まれたものだ。
一般照明は今後ますます発展する分野
こうして作られたLED製品は、現在では日本のみならず世界各地へ出荷されており、今後は環境問題、エネルギー問題を背景にニーズはますます高まることが予想されている。しかし、これは本当の意味での普及への第一段階に過ぎないと深澤は語る。「今は、既存の光源、白熱電球や蛍光灯に置き換える使い方がほとんど。まだ使う側もLEDをどう使ったらいいか、分かっていない状態です。今後は、LEDならではの使い方をユーザーとともに考え、提案していくことが大切になってきます」実際、製品化されたものは、顧客との商談から生まれたものがほとんどだ。今井は、今も設計担当として、ほぼ毎日商談に同行している。
「商談の中では、開発段階の製品として、見たことがないような照明器具が出てくる場合もあります。そんな新しい照明こそLEDが活躍すると思います」そして、新しい照明を作るうえで、材料の重要性が高まることを小山田は感じている。「今まで、いかに長寿命を実現するかをメインに取り組んできましたが、今後はLEDをより明るくできる材料を開発したい。これまでは構造を工夫することで 明るさをフォローしていた部分はあります。ですが、材料で明るさをクリアできれば、もっと自由な設計ができるようになる。今後はこれまで手をつけていない、新しい物性に注目し、ブレイクスルーを狙っていきたいですね」
白熱球に比べ約40倍の長寿命で、小型、軽量という特徴を持つ、LED照明には、大きな可能性が広がっている。その将来性を深澤はこう予測する。「シチズン電子のLEDはひとつひとつが小さい光源なので、使い方の自由度が高い。たとえば、現在の照明器具のように1点から強い光を受けるのではなく、部屋全体を優しく光らせることもLEDなら可能です。つまり、今までの常識を変えることができるということ。光は文化だと言われますが、LEDはその文化を変えることができるものだと思うんですよ」